序文
it’s media
と書かれたネットで有名な画像がある。
これである。
刃物を手に追いかける男性と、逃げる男性。
それを取る大きなカメラには、まったく逆の光景が映っている。
影の部分には赤丸。
カメラに向いた矢印と、「it’s media」の文字。
マスコミの切り取り報道について見事に表現したイラストとして、
テレビなどのオールドメディアが誤解をまねくような報道をするたび、
あちこちのSNSで使われる。
では、このイラストはどこからやってきたのだろう?
元ネタ探しの旅のはじまり
このイラストがネットに出回るようになったのはいつからか。
2022年現在、検索を掛けてみると、いくつかの記事がヒットする。
2014年10月14日付けの記事。
「【画像】「メディアは事件の一部を切り取って報道する」ことを描いた風刺画が的確だと話題」
記事タイトルに「話題」とあるのだから、8年前の時点で、すでに「it’s media」はバズっていたらしい。
紹介されていた画像を見ると、「it’s media」の文字とともに、例のイラストが確認できる。
さらに遡ると、2012年のブログに「It’s Media:2012.6 facebookのタイムラインに流れてきた画像とオリジナル画像」と書かれた記述が確認できる。
記述によると、Facebookのタイムラインに流れてきた、とのことだがイラストを見ると「it’smedia」の文字がない。
twitterの画像をさかのぼると、最古のものと思われる「it’s media」の文字は、2013年の投稿で確認できる。
また、「現在史におけるメディア・リテラシーの重要性:2014.4.18」(成田喜一郎)を閲覧すると、
震災・原発事故1年後の6月にfacebookで多くの方々シェアしたり、「いいね!」クリックをしたりした画像があった。それは、“It’s Media”という画像だ。
(中略)
これは、メディアの本質を鋭く射抜いている画像だが、それ自体がfacebookに載せるときに加工されている。
もとの画像には、“It’s Media”と言葉は添えられていない。
とあるので、震災の翌年にfacebookで出回ったのがきっかけのようである。
その過程で、「it’s media」の文字が加えられたことになる。
作者はジョルジュ・フェルディナン・ビゴー?
googleで「It’s Media 作者」と検索すると、
「ジョルジュ・フェルディナン・ビゴー」なる人物が出てくる。
しかし彼は作者ではない。
「ジョルジュ・フェルディナン・ビゴー」は、幕末明治期に日本の風刺画をたくさん描いたフランス人画家である。
ビゴーのwikiを見ると、生没年が1860~1927年とある。
つまり、ビゴーはテレビが登場する以前の時代の人であるから、イラストとは時代性がそもそも一致していない。
「It’s media」のイラストは、10年以上ネットの海を漂いながら、google検索ではまちがった情報がトップに出てくるのであるから、なんてことだろう。
本当の作者は?
ネット上では、元ネタ特定の先駆者によって、作者はdavid suter(デイビット・スーター)というアーティストであるとされている。
david suter氏のwiki(英語版)
ウィキによれば、
デビッドスーターは、1949年生まれ。ワシントンポストやタイム誌、ニューヨークタイムズなど風刺画を制作していたアメリカ人アーティスト、とされている。
彼のイラストは、「Suterisms」または「visualkoans」としても知られているようである。
また存命ながら、すでに風刺画家としては引退していて、現在は絵画と彫刻に取り組んでいる模様。
アレックスギャラリー(ワシントンにあるアートギャラリー)のHPで彼の描いている絵画と彫刻が一部見ることができる。
http://www.alexgalleries.com/David_Suter.php
他にも参考として、彼の作品を見ることができるサイトを紹介する。
http://suterism.blogspot.com/?m=1
本当の作者 デイビッド・スーター
日本で、「it’s media」の元ネタ探しをした人が少なからずいるようだが、作者名すらわからなかったという結論のものも多い。
たとえば、2020年のライブドアニュース「ネットの画像の元ネタはどこに? ネット検索でたどり着けるか調べてみた」。
この記事でわかったのは、「元画像と思われる画像には丸印や文字は入っていなかった」のみ。
前述のように、たしかにこの矢印と文字はあとから付け足されものである。
たしかにこの矢印と文字は雑な編集で、明らかにあとから第三者がフォトショップかなにかで付け足したものであると考えられる。
そして記事の結論は、
結局、作者はもちろん、このイラストのオリジナルが意味する内容を明確に理解することは叶わなかった。
とのこと。
また、
なお、インターネットが普及する以前の情報や画像は、ネット上では見つけ出すのは難しいといわれている。インターネット以前の出典データや情報は、誰かがインターネットにアップしたわけで、アップされた画像がオリジナルである確証、証明がないからだ。
そういう意味では、インターネット普及以前の出典元不明の画像を追跡するのは非常に困難な作業といえるだろう。
とも綴っている。
お粗末な結論だが、たしかに難しい。
そして、日本語で読めるものの中で数少ない「It’s Media」の出典に関する記述が、以下のサイトのコメント欄である。
「緩募:この画像の出典元」
コメント欄で「鷹野凌」さんというユーザーが、2つの論文と1冊の本、について言及している。
①“Making Agents Acceptable To People”
この論文内で、イラストの引用文献として、
“D. Suter, (1986). Suterisms. New York, NY: Ballantine Books”
とある。
次に、②Charles Forceville&Billy Clarkの論文“Can pictures have explicatures?”。
(2014年12月に“Linguagem em (Dis)curso”という学術誌に掲載さたものらしい)
この論文の14ページ目に、「It’s media」のイラスト(文字は無い)が掲載されており、「Figure 4, cartoon by David Suter」というキャプションがついている。
さらに、コメント欄の以下の記述、
Suter, David. (1985, February). The Dangers of Docudrama. Illustration. TIME, 125(8), 95
これによれば、「It’s media」の出典は、1985年2月のタイム誌、その95ページに掲載された” The Dangers of Docudrama”という題のものであるらしい。
あれこれ検索していると、ネットにタイム誌のバックナンバーを保存したサイトがあるのを見つけた。
これによると、”The Dangers of Docudrama”というのはエッセイであることがわかった。
右下に「by William・A・henry ⅲ」とある。
この人物がエッセイの著者のようだ。
William・A・henry ⅲ(ウィリアム・A・ヘンリー三世,1950-1994)は、ピューリツァー賞を受賞したアメリカの文化批評家・作家である。
ウィリアム・A・ヘンリー三世のウィキ(英語版)
そして、中央にあるあのイラスト横には、
「ILLUSTRATION FOR TIME BY DAVID SUTER」の文字が。
風刺画のタイトル
この風刺画のタイトルは”Selectvision”である。
この風刺画はTIME誌に掲載された翌年、1986年に出版されたDavid Suter氏の画集「SUTERISM」(スータリズム)に収録されている。
X(Twitter)でこの風刺画が収録されたページを上げている人がいた。↓
結論
つまり、イラスト「It’s media」の元ネタは、
1985年2月のタイム誌に掲載された
ウィリアム・A・ヘンリー三世によるエッセイ「The Dangers of Docudrama」、
これに添えられたデイビッド・スーター氏によるイラスト“Selectvision”。
という結論になった。
それでは~
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